家族でずっと可愛がっていた、猫が逝きました。

8月2日に病院で点滴、夜に最後の食事。翌3日に腎臓が悪化しているのが発覚、最後の点滴、以降、飲まず食わず、お気に入りの場所で静かに息をしているだけの日々でした。

我が家で産まれて18年。
ずっと家族と一緒に時を刻んできました。
18年という月日は、自分の子供を赤ちゃんから大学生まで育てたのと一緒。
ここまでいると、もう完全に家族です。
でも、年の割にはほとんど毛づやも落ちてなかったし、歯もたくさん残っていたので、まだまだ大丈夫だと皆が思っていました。

5日の夜は地元の花火大会。
窓の外に上がる花火を仕事部屋で見ていると、私の母が、猫の今まで静かだった呼吸が、すこし荒く乱れてきた、もう最期の時がきたらしいと呼びに来ました。
今まで却って気を使わせるからと、静かに休ませておいた家族が、夜中にごそごそ起き出して、交代で撫でていました。

そして、水一滴も飲めなくなってから、4日目の朝。
6日の8時頃、静かに息を引き取りました。
まだ暖かく、柔らかな、今までと全く変わらない体を抱き上げ、父のお気に入りのバスタオルにくるんで、土に還しました。
1時間後に、お坊様が盆のお経をあげに来られる予定の日でした。
老母が、「初盆の送りに間に合ったね」とぼつりと言って、読経の後ろで手を合わせました。

そして、今日。
ご先祖様のお墓参りに、彼の首輪と小さなお供えのお菓子を一緒に持って行きました。
老母が、「魂だけでも、うちのお墓に入れてやりたい」と言い出したからです。
猛暑の中、水も飲めずに逝った彼へのはなむけに、墓石に水をたくさんかけてきました。

今までも、数々の猫がうちに来て、そして死んでいきましたが、母がこんなに感傷的になったことはありません。

やはり、共有した時間の長さでしょう。
ヨウムがまねる猫の声に、思わず皆が振り返ります。

私も未だ、彼の不在がピンと来ていません。
今でも、お気に入りのお風呂のマットか、廊下の片隅にそっと寝ている気がします。